札幌地方裁判所 平成10年(ワ)375号 判決 2000年10月26日
原告
A寺
右代表者代表役員
甲
右訴訟代理人弁護士
本田勇
被告
国
右代表者法務大臣
保岡興治
右指定代理人
佐久間健吉
同
田野喜代嗣
同
木幡賢
同
若松薫
同
有田利雄
同
安部浩一
同
沖村幸夫
同
木村邦博
同
田中晃二
同
小森睦雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一一八万二四〇〇円及び内金八三万二四〇〇円に対する平成九年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、原告が、被告の税務署長が原告に対してした源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分が無効であることを前提に、その滞納処分としてされた原告の預金債権に対する差押処分が違法であるとして、その損害(徴収税額、慰謝料及び弁護士費用)の賠償を求めている事案である。
二 当事者間に争いのない事実及び後掲証拠により容易に認められる事実
1 原告は、宗教法人であり、乙は、その副住職である。
2 札幌南税務署長は、平成八年一二月一三日、原告に対し、平成八年一月から同年六月までの期間分の源泉所得税(税額は七〇万九八〇〇円、甲第六の一ないし四によれば法定納期限は同年七月一〇日)の納税告知処分及び不納付加算税(税額は七万円)の賦課決定処分(以下両処分を併せて「本件納税告知等」という。)をした。
原告は、平成八年一二月二六日、本件納税告知等に対し、内金二二万九八〇〇円の国税を納付した(甲第七によれば、本税として二〇万九八〇〇円、延滞税として二万円を納付したので、本税に全額充当された。納付した国税の充当については当事者間に争いがあるが、この点に瑕疵があるとしても、本税とこれに係る加算税の内訳に帰着するだけで、総額に変わりはないから、後続の滞納処分を無効とするほどの重大な瑕疵であるとはいえず、本件の結論に影響しないので、その点の判断はしない。)が、被告が、乙の結婚に際して新婦側に贈られた結納金五〇〇万円につき、これが原告の乙に対する賞与であるから源泉所得税を納付すべき義務があると主張するのに対し、原告は、これを争い、その分に係る税金の支払をしなかった(本件納税告知等のうち、原告が支払をしなかった税金に係る部分を以下「本件処分」という。)。
3 原告は、札幌南税務署から、平成九年二月一七ないし二〇日ころ、右賞与に係る源泉所得税及び不納付加算税の督促を受けたので、同年四月二二日、札幌南税務署長に対し、本件処分に対して異議申立てをしたが、同税務署長は、申立期間経過後の異議申立てであるとして、同年五月二三日付けで、これを却下した。そこで原告は、国税不服審判所長に対し、審査請求の申立てをしたが、同所長は、同年九月三〇日付け裁決をもって、これを却下した。原告は、本件処分及び右裁決に対する取消訴訟を提起していない。
4 札幌南税務署大蔵事務官は、平成九年一一月二七日、原告が本税四八万円、不納付加算税七万円、合計五五万円の国税を滞納したとして,株式会社北海道銀行川沿支店にある原告の普通預金債権三四五万六三三二円を差し押さえ(以下、「本件差押え」という。)、同年一二月一五日、同銀行から、右預金債権のうち租税債権(本税四八万円、加算税七万円、延滞税八万二四〇〇円)合計六三万二四〇〇円の取立てをし、残余金二八二万三九三二円の預金債権について差押えの解除を行った。
三 争点及びこれについての当事者の主張
1 本件処分は、重大明白な瑕疵があって無効かどうか。
(一)原告の主張
(1)結納金は、原告が乙に対して給付したものではない。
本件処分は、原告が乙に対し、結納金五〇〇万円を賞与として給付したことを前提とするものであるが、右結納金は、原告の檀家で組織する慶賛委員会が新郎である乙のために、新婦側に納めたもので、原告が同委員会のために一時立替払をしたに過ぎず、原告が乙に対して賞与を給付した事実はない。乙は、将来住職となるべき副住職であり、その妻は坊守となる立場にあるから、原告や檀家にとって重要な問題であるとともに一大慶事であることから、その結婚は、一般の結婚のあり方とは異なり、原告と檀家が一緒になって執り行う儀式、行事なのである。したがって、その費用の一部である結納金も原告及び檀家が負担したのである。慶賛委員会のような組織は、重要な法事等を執り行うために、寺の慶事毎に設置されるものであるが、特に規約や規則はなく、また、檀家役員全員が慶賛委員会の役員であるため、議事録も必要ではなく作成されていない。このような趣旨、目的から、慶賛委員会の組織構成は、檀家総代長が委員長、住職及び総代五名が役員となり、会計係を選任して、婚儀の日取り、仲人、式典、披露宴の招待者、会場、方法を始め、式典及び披露宴の費用、結納の金額、引き出物等の支出予算から、檀家が負担すべき祝儀の額、寺の負担額等の収入予算をすべて決定した。本件においては、平成七年五月一四日に設置され、平成八年一月二八日に解散した。
(2)原告が、乙に対して給与、賞与を支払った事実はない。
原告の副住職である乙の収入は、布施収入と月参りの収入の二方法となっているが、前者は全額が乙の収入となるから、源泉徴収の余地がなく、後者も歩合であり、一旦全額を原告に交付した上、月末にまとめて預け金の返還を受けるに過ぎず、いずれも乙の給与所得と解することはできない。
乙は結納金を直接受け取っていないのであるから、これが賃金の性質を持つ賞与であるとすると、賃金の全額払いの原則に反するというほかなく、したがって、結納金は、賃金の一部として支払われたものではないことが明らかであり、給与の支払もないのに賞与の支払があるはずもない。
僧侶が死者を弔い、先祖を供養する場合には、宗教法人の宗教活動の面がないわけではないが希薄であり、死者の遺族や子孫は、布施をその僧侶に差し出すのであって、宗教法人に支払っているわけではない。宗教法人の側でも、僧侶との間でそのような約束をしているわけではない。
(3)このような瑕疵のある本件処分に対し、原告は、平成八年一二月一六日、口頭で異議を申し立て、また平成九年四月二二日、改めて書面をもって異議申立てをしたが、異議申立期間経過を理由に却下された。しかし、異議申立てをするには書面をもってすることを要することについては何の教示もなかった。したがって、本件処分にはその点に瑕疵があり、また、国税不服審判所長は、本件処分の違法や超過差押え等について判断することなく、審査請求を退けたものであって、違法である。
(二)被告の主張
(1)原告は、乙に対し、結納金名目の賞与を支給した。
原告は、平成七年四月二一日、雇用関係にある乙に対し、原告名義の定期預金を解約するなどして、乙の結婚に関し、その結納金として五〇〇万円を支払ったのである。したがって、右結納金は乙に対する臨時的給与である賞与として支給されたものである。住職等が日常生活において個人で負担すべき飲食代や慶弔費などを宗教法人が負担した場合は、その負担した金額について、住職等に対して給与の支給があったものとして、源泉徴収の対象となる。
原告の主張する慶賛委員会は、その帳簿のどこにも記載がなく、組織に関する規定もないのであるから、原告とは別個独立の組織ではない。
結婚披露宴は、結婚当事者が結婚の事実を双方の親族や親しい関係者に知らせて、これらの者からの祝福を受け、今後の親交を願うために行われる行事であって、特別の事情の認められない限り、結婚当事者の私的な社交的行事と考えるのが相当であり、一般の法人が支出した代表者の結婚披露宴費用は代表者に対する隠れた利益処分たる賞与となるのと同様、宗教法人においても、宗教法人の代表役員である住職が同法人の財産を自己の結婚費用等に消費したことは住職個人の用に供したものとして、住職に対する臨時的な給与である賞与と解されている。本件の結婚披露宴は、出席者全てが原告の檀信徒であったわけではなく、その宗教活動の儀式行事として行われたものではないから、副住職個人の社交上の儀礼に基づく私的な行事であって、原告の宗教活動とは何の関係もないというべきである。
(2)原告から乙に対する給与の支給について
給与所得とは、労務の提供が雇用関係又はこれに準ずる関係に基づいて提供される個人の非独立的ないし従属的な人的役務の提供の対価としての性質を持った所得である。副住職が執り行う葬儀や月参り等の役務の提供は、原告とは全く無関係に自己の危険と計算によってされたと見ることはできず、原告の指揮命令のもとにされたものと見るほかはないから、原告と乙との関係は雇用契約に該当し、仮に、乙が原告の役員であるとしても、これに準ずる関係というべきである。
宗教活動は、必ずしも宗教法人の名称で行われるとは限らず、僧侶は、宗教法人の役職名を表して宗教活動を行うものではないが、檀信徒の信仰の対象は、個々の僧侶ではなく宗教の教義であり、個々の僧侶は信仰の媒体ないし仲介者にすぎない。境内地外で行われる宗教活動についてもこの点に変わりはなく、宗教法人の布教指針により檀信徒に対する教化育成という本来の事業活動として行っているのであるから、これに伴う収入は全て宗教法人に帰属するというべきである。このような宗教法人に帰属する収入が住職等個人によって費消された場合には、宗教法人から住職等個人に対して給与の支払があったものとみることができる。布教活動による収入が原告に納められるかどうかは、原告から僧侶に対する給与の額及び支払方法に関する問題にすぎない。原告においても、布施収入は一旦すべて原告の収入に計上した上で、僧侶に対する給与として支払うとの会計処理をし、源泉徴収をおこなっている。
また、租税法上の給与は金銭の形態を取る必要はなく、金銭以外の資産ないし経済的利益も、勤務の対価としての性質を有する限り、広く給与所得に当たると解されている。賃金の直接払いを規定する労働基準法二四条一項の規定は、賃金の支払確保のための規定であって、所得税法上の給与性の有無とは何の関係もない。
(3)原告が口頭で異議を申し立てた事実はない。また、異議申立ては書面を提出してしなければならず(国税通則法八一条一項)、その教示を定めた規定はないのであって、教示を要するものではない。
2 本件差押えは、過剰差押えとして違法かどうか。
(一)原告の主張
本件差押えは、国税徴収法四八条一項に違反して、徴収を要する国税六三万二四〇〇円を超えてした過剰差押えである。国税徴収法六三条ただし書は、債権全額を差し押さえる必要がないと認めるときは、その一部を差し押さえることができると定めているところ、右規定は、当該債権の性質上、差押えの必要の程度が簡単には判定し難い場合に自由裁量を認めたものであって、判定が容易で分割可能な債権のような場合にまで自由裁量を認めたものではない。本件差押えに係る債権は、預金であるから、差押えの必要度合いの判定は著しく容易であり、分割債権であることからみても、滞納に係る国税の債権額を限度に差し押さえれば良く、それで目的を達するのである。従って、本件差押えは過剰差押えであることが明らかである。
(二)被告の主張
被告が差し押さえた債権は可分であるが、差押えの目的物としては一個として差し押さえたものである。国税徴収法六三条によれば、債権を差し押さえるときは、その全額を差し押さえなければならないとされており、一部の差押えは例外とされている。そして、債権の全額を差し押さえるか一部を差し押さえるかは、徴収職員の自由裁量であり、同条ただし書は、その自由裁量に制限を加えたものではないから、本件差押えは過剰差押えには当たらない。
3 原告の損害
(一)原告の主張
原告は、被告の職員による違法な強制徴収により、六三万二四〇〇円の預金を失った。また、原告は、被告の職員による違法な差押えにより、著しく信用を毀損された。その慰藉料は二〇万円が相当である。原告は、本件訴訟提起のため、原告代理人に訴訟追行を委任し、弁護士費用として三五万円の支払を余儀なくされた。
(二)被告の主張
原告には何の損害も発生していない。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 結納は、一般には、婚約の成立を確証し、併せて婚姻が成立した場合に当事者ないし当事者両家間の情誼を厚くする目的で授受される贈与と解されるから、特段の事情ないし特別の慣習がある場合は格別、通常は、それは、新郎(又は新婦)ないしその親族(両親)から、相手方に給付されるものというべきである。原告は、新郎が原告の副住職であり、その新婦が坊守となることから、原告の檀家で組織する慶賛委員会が結納を贈ったのであって、新郎である乙が贈ったものではないと主張するので、本件においてそのように解すべき特段の事情ないし特別の慣習が認められるかどうかについて検討する。
2 証拠(甲第一、第二、乙第一の一、二、第二、原告代表者)によれば、原告の住職の息子である乙(原告の副住職)が結婚をするに当たり、原告では、慶賛委員会が組織され、その結婚式及び披露宴に関する準備が行われたこと、慶賛委員会は、原告の関わる重大行事に際して臨時に設けられる組織であるが、粗織規定はなく、また、独自の予算もないので、原告の内部に臨時に設けられる事実上の一部局と解せられること、原告の布施収入に関する帳簿によると、原告は、乙の結婚に際して、平成七年四月二一日、結納金五〇〇万円を立替払いをし、結婚式の後である同年一二月二五日、一旦祝金として同額を入金扱いとした上、同日、賞与として同額を出金したこととしていること、乙の披露宴を中心とする婚儀の収支計画及び決算によると、収入は、披露宴会費(予算は一〇〇〇万円、決算は八四二万四〇〇〇円)、檀家祝儀(同六〇〇万円、六四四万円)、婦人会祝儀(同五〇万円、五〇万円)、新婦負担金(同二二〇万円、一六五万円)、住職負担金(同一〇〇〇万円、六三九万二八八七円)、その他祝儀(同一三〇万円、八〇〇万五〇〇〇円)から成り、他方、支出は、披露宴と式場関係費用、謝礼金、引き出物、送迎費用、衣代、副住職部屋改造費用、写真代等と結納からなっていること、乙の結婚式はA寺本堂で、披露宴はホテルで行われたこと、結婚式には両家親族、檀家及び婦人会役員が出席し、披露宴には、檀信徒四〇〇名、婦人会五〇名、親族四〇名、乙が給与所得を得ている学校法人関係で三〇名、原告関係で五〇名、乙の父である原告の住職が札幌市議会議員である関係もあって役所及び議員関係で五〇名、友人関係二〇名、後援会(乙の父の後援会である「甲連合後援会」と思われる。)関係で二五〇名、新婦側一一〇名の合計一〇〇〇名の出席が予定されたことが認められる。
3 右認定事実によれば、乙の結婚に際しては、同人が原告の副住職の地位にあることから、原告の内部にその行事を円滑に遂行するために、慶賛委員会が組織されたが、その実体は原告の一部局にすぎないものというべきところ、新婦の側に贈られた結納金五〇〇万円につき、原告の帳簿には立替金として明記されて支出されているのに対し、結婚式及び披露宴の費用に関する収支計画及び実際の決算をみると、本件の結納金が支出項目として計上されている一方、慶賛委員会の名義を含め原告からの結納金関係費用の収入が収入項目には計上されていない(なお、収入項目のうち、住職負担金は、直前の項目に新婦である丙負担金があるのに乙家負担金の項目がないことからみて、新郎の父が住職であることから新郎側負担金の趣旨と理解されるし、檀家祝儀は、その名のとおり檀家からの祝儀として新郎及び新婦ないしは主宰者に贈られたもので、特に、新婦側に対してのみ贈られたものではないと理解される。)。結婚式及び披露宴が原告の主宰のもとで行われたと考えれば、その主宰者である原告が全収入の中から結納金を捻出して支払をしたとも解することができそうであるが、収入の中には新婦側の負担金が入っており、これをも併せた原告の全収入の中から新婦側に贈られる結納金が支出されたというのは、いささか理解に苦しむところである(披露宴の出席者を見る限りは、宗教法人である原告が主宰したにしては、新郎の父である原告の住職個人の関係者と考えられる者の割合が多いように思われる。)。
4 本件の結納金の原資が原告から出ていることは、前記証拠から明らかであり、それは、原告が主張するように、乙が原告の副住職の地位にあり新婦が原告の坊守となることから、その結婚に重大な利害関係を有する原告がこれを祝い、物心両面にわたる援助をする一環として、結納金相当額を負担し、出捐することとしたことは事の性質上十分に理解することができる(原告の主張に沿う原告代表者の陳述書である甲第一〇、証人丁の供述及び原告代表者の供述も、結局は、その点をいうものと解される。)が、そのことから直ちに結納を実際に新婦の側に贈った者が原告であると認めるべきことにはならないことはいうまでもない。
結局、原告の主張に沿う証拠(甲第一〇、証人丁、原告代表者)を含めた本件全証拠によっても、新郎ないしその親族でもない原告が、新郎ないしその親族に代わって、結納を新婦の側に贈るという特段の事情ないし特別の慣習は認め難く、かえって、前記認定からすれば、結納金相当の金員が右のような事情から原告から乙側に(計算上)渡り、これを新郎である乙の側で、その名において新婦の側に給付したという一般の結納の給付の場合と同様のことが行われたと認めることができる(結納金相当額が原告から乙に対して直接交付されていなかったとしても、その給付自体を否定すべきこととはならないし、原告が主張するように労働基準法上の論点があるとしても、同様である。)。
5 また、原告は、原告が乙に対して給与を支給したことはなく、まして賞与を支給することはないと主張する。
しかし、給与所得とは、被告が主張するように、労務の提供が雇用関係又はこれに準ずる関係に基づいて提供される個人の非独立的ないし従属的な人的役務の提供の対価としての性質を持った所得と解されるから、原告と乙の関係が労働法上の雇用関係とは異なるからといって、乙がその職務の遂行によって原告から得る経済的利益が給与所得とはならないということはできない。また、副住職が執り行う葬儀や月参りなどの役務の提供が、その属する宗教法人である原告とは全く無関係に自己の危険と計算によってされたと見ることはできず、右役務の内容が原告の目的と合致する限りは、他の一般の宗教的活動と同様に、原告の指揮命令のもとにされたと推定するのが相当である。そして、乙は、原告の副住職として、このような原告の目的に合致する宗教的活動に従事し、原告からこれによる対価を得ていたのであるから(乙第一の一ないし三、第一七の一、二によれば、原告ではお布施の収入をその収入に計上しており、また、原告は、平成七年度及び八年度において、乙に対して給与を支給しその源泉徴収を行っており、乙も、平成七年度及び八年度において、原告からの収入を給与所得として確定申告をしている。)、原告と乙との関係は、給与所得の発生原因となる雇用関係ないしは、これに準ずる関係にあると会される。
なお、原告は、宗派の布教等の宗教活動をする場合とは異なり、僧侶が死者を弔い、先祖を供養する場合には、宗教法人の宗教活動の面がないわけではないが希薄であって、死者の遺族や子孫は、布施をその僧侶に差し出すのであって、宗教法人に支払っているわけではないと主張するけれども、布施を差し出す側も、宗派に無関係に僧侶を依頼するわけではないはずであるし、宗教法人に属する僧侶にしても、その宗教法人の指揮監督下で葬祭の業務に従事しているので、その僧侶の属する宗派の団体である宗教法人を度外視して、布施の授受がされているなどとは到底解することはできない。また、原告は、宗教法人の側でも、僧侶との間でそのような約束をしているわけではないと主張するが、前記のとおり、原告の側では、布施収入を収入として計上しているのであるから、右主張は理由がない。
6 原告は、本件処分に対する異議申立てを書面ですることについて教示がなかったことを非難するが、国税通則法八一条一項の規定に鑑みれば、その点の教示がなかったからといって、直ちに本件処分に手続上の瑕疵があるということはできない。また、原告は、国税不服審判所長が、本件処分の違法や超過差押え等について判断することなく、審査請求を退けたことを非難するが、それ自体に違法な点があると認めるべき証拠はない。
二 争点2について
国税徴収法六三条の規定は、債権の全額を差し押さえるか一部を差し押さえるかは、徴収職員の自由裁量に委ねる趣旨と解されるが、他面で同法四八条が超過差押えを禁止していることに照らしても、また、そもそも財産の差押えが国民の財産権を制約するものであることに鑑みれば、その裁量権の範囲は無制限のものではなく、これを濫用すれば違法となると解すべきことはいうまでもない。
そこで本件についてみるに、前記のとおり、札幌南税務署大蔵事務官は、平成九年一一月二七日、原告が本税四八万円、不納付加算税七万円、合計五五万円の国税を滞納したとして、株式会社北海道銀行川沿支店にある原告の普通預金債権三四五万六三三二円を差し押さえ、同年一二月一五日、同銀行から、右預金債権のうち租税債権(本税四八万円、加算税七万円、延滞税八万二四〇〇円)合計六三万二四〇〇円の取立てをし、残余金二八二万三九三二円の預金債権について差押えの解除を行ったものである。確かに、被告が、要徴収税額の五倍以上の預金債権を全額差し押さえたことは、その預金債権が普通預金債権であることに照らすと、その相当性に疑問がないとはいえないけれども、国税徴収法六三条が原則として債権全額の差押えを謳っていることに鑑みると、そのことだけでは、直ちにそれが裁量権の濫用に当たると断ずるには足りない。かえって、証拠(乙第二、第四、第七、第八)によれば、被告が差し押さえた預金債権に係る口座は、平成九年八月一日から同年一一月一四日までの間は入金のみしか行われていないこと、原告は右口座以外にも北海道銀行に定期預金約一二〇〇万円、共同信用組合に普通預金約七八〇万円及び定期預金一一二〇万円を有していたことが認められ、被告が本件差押えから一八日後には、要徴収税額を徴収して残債権の差押えを速やかに解除しているという事情をも勘案すれば、前記預金債権全額の差押えが、その裁量権を濫用したものとは解することができない。
三 結論
以上の認定判断によれば、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。よって、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤陽一)